2005 年
3 月
27 日
枝川朝鮮学校裁判を知っていますか?
〜とりあげないで私の学校 枝川朝鮮学校支援トーク&コンサート〜
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江東区枝川1丁目に東京朝鮮第2初級学校があります。 この地が、東京の元祖コリアンタウンであることを知ったのは、つい1年ほど前です。学校を訪ねる機会があり、学校や近くの十畳長屋などを見せていただきながら、校長先生が枝川の歴史を話してくださいました。 1941年、まぼろしの「東京オリンピック」(日中戦争の激化のために中止)の会場確保のためと、1000人を超える朝鮮の人たちが、当時埋め立てを終えたばかりでゴミ捨て場の臭いが漂い、雨が降ると汚水があふれたという枝川の地に強制的に移住させられました。十畳長屋(トイレもお風呂も台所もない)と言われる簡易住宅が20棟以上並び、この地は地図を見てもわかるように運河に囲まれた孤島のようです。 荒れた土地に、力をあわせ暮らしをつくり、子ども達のためにと学校をつくってきました。それが今の朝鮮第2初級学校です。2階建ての校舎は、耐震工事を進め図書室の冷房化を決めた区立の学校だったら考えられないような、昔懐かしいと言うより古い雨漏りのしそうなおんぼろ校舎(ごめんなさい)。 このような歴史を負い、今も日本の私立学校に対する助成も受けられず、地域の大人たちの様々な支えで維持されている朝鮮第2初級学校に対して、東京都は学校の一部を取り壊し都有地(敷地のうち4000u)を返還すること、1990年以降の使用料約4億円の支払いを求めて提訴しています(枝川朝鮮学校裁判)。 なぜ今頃・・・都はこんなことをするのでしょう、怒りを覚えます。今、日本はおかしくなっています。世界に誇る憲法や教育の憲法と言われる教育基本法も改正(改悪)が画策され、教科書には非科学的な歴史が登場しています。特に東京都では、学校で日の丸・君が代が強制され、反対する教師を処分し再教育(なんだか軍隊のようです)。間違ったジェンダーフリーバッシング・・・。この石原都政の下で、枝川朝鮮学校裁判が起こされています。 3.27枝川朝鮮学校支援トーク&コンサートは、立ち退きを求められている校庭で行われました。、キムチやチジミなど朝鮮料理の屋台(保護者による)が並び、子ども達の書いた大きな絵をバックに、青空の下で600人以上の参加者が、子ども達の歌や舞踊など、そして映画「パッチギ」のエグゼクティブプロデューサー李鳳宇(い・ぼんう)さんの応援のはなし、弁護団からの報告、枝川裁判を支援するための「東京基金」の呼びかけがありました。 江東・生活者ネットワークはこのトーク&コンサートに賛同しています。枝川で起こっていることは今の東京都の問題です。この問題をひとりでも多くの人に知ってもらい、子どもたちがこの学校で学び続けられるために何ができるのか、大きな宿題をもらった集会となりました。
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